職員室の声

職員室の声

 

 

鹿児島第一中学校・高等学校職員が、週2回、リレーでお届けするフリーメッセージです。

 

長い話(上猶)

2015-12-04

 昨日高校中途退学者の数を調べてみた。12万人を越えた平成12年度のピーク時からすると、なんとおよそ半分の59,742人(平成25年度)に激減していた。(その原因については割愛するが、インターネットで調べてもらえば色々分析がなされているようなので、興味のあられる方はそちらで。)

 

 ところで、いきなりどうしてこのような話題を持ち出したかというと、もう20年近く前になるが、高校中途退学者のみ受け入れる(それが入学条件という)という学校に、寮監も兼務しながら4年間勤めたことがあるからである。全寮制のため、生徒全員が寮生であり、それこそ24時間、昼も夜も生徒と寝食を共にする生活であった。そのため、毎日いや毎晩何が起きるかわからないといった(緊迫した?)状況と向かい合わせでもあり、1年いや1日が、何倍にも感じられたものだった。あれからもう20年近く経ってしまった。過ぎてしまうと月日の経つのは早いものである。そういう年月の経過もあり、もう時効であろうということで今回関連した話を書かせてもらおうと思い立った次第である。

 

 少なくともどこかの高校を一度は退学した生徒が全国(沖縄から北海道まで)から集い、およそ8割ぐらいの生徒が卒業していった。(2割ぐらいの生徒はまた退学していったのではあるが)高校卒業という道を一旦は閉ざされた若者が、何はともあれ、卒業までこぎつけるのである。それだけでも学校の存在意義はあったと思われる。

 

 前の学校を辞めた理由は生徒それぞれで、ここで書くわけにはいかないが、何人かの生徒について触れたいと思う。様々な生徒がいたが、最年長は女子生徒で確か27~28歳だった。私が着任する前の卒業生の中には、すでに結婚をし子供もいて、単身家族を置いての学校・寮生活を送った生徒もいた。トラックの運転手をしていたが、子供が生まれた時、大きくなった子供に父親の学歴を話さなければならなくなることを考えたら、何としても高校だけは卒業したいと思い立ったのが入学の動機だったという。

 

 授業でアシスタントをしてくれた生徒で在学中初めて受けたTOEIC試験で880点を取った生徒がいたり、卒業後は横浜国大や慶応大学に進学する生徒もいた。校則も制服もない学校であったが、卒業式を前の高校の制服で臨んだ生徒もいた。そこにその女子生徒の気持ちも思いやられた。

 

 また、毎日のようにハガキで便りを送って来る母親もいた。ハガキなので文面も目につくことがあるのだが、古里・母親の毎日の何気ない日常生活が綴られていた。畑仕事をしているときに気付いたこと、体に気をつけなさい、といったことなど。本人はぶっきらぼうに、さりげなくハガキを受け取ったが、母親の気持ちは充分に伝わっているであろうと思うことであった。また、私自身親としての責任・姿勢を教えられた気がした。当時も生徒は携帯を持っていたが、携帯メールで済まさず、手間を惜しまずハガキを書いてくる親の姿勢に感銘を受けたものだった。卒業式には、母親と彼の兄が晴れ晴れとした表情で出席されていたことを思い出す。

 

 

(上猶 尚友)