職員室の声

職員室の声

 

 

鹿児島第一中学校・高等学校職員が、週2回、リレーでお届けするフリーメッセージです。

 

2学期終業式(神田)

2015-12-22

 

 皆さん、おはようございます。大掃除、大変御苦労様でした。校舎内外もきれいになって、一足早く学校も、新年を迎える準備が整ったのではないかと思います。

 

 年末になるとどこの家庭でも、新年を気持ちよく迎えるために、家族総出で家の大掃除をしたりするのではないかと思いますが、君たちも親任せにせず、この休み期間中は、家族の一員として、また、貴重な戦力として掃除に限らずいろいろ家の手伝いもして欲しいと思います。

 

 また、年の暮れは何かと世間も慌ただしくなりますから、交通事故や事件などに巻き込まれたりすることがないように気をつけてください。

 

 

 さて今日は、今年の締めくくりに当たって「共感能力」ということについて話をしたいと思います。今年高校2年生は、修学旅行で「ディズニーランド」に行きましたが、これから話すことは、その東京ディズニーリゾートについての話です。ディズニーランドやディズニーシーは、現在はどうか知りませんが、10年ほど前までは約97.5%がリピーター客だと言われていました。ということは、始めてディズニーリゾートに行ったという人は3%にも満たないということになります。何故、そこまでリピート率が高いのか。それは、来場者に夢と感動を与えてくれる場所であると同時に「共感能力」を持ったキャストが最高のサービスを提供してくれる場所だからだろうと思います。その東京ディズニーリゾートには数々の感動的な素晴らしいエピソードが残っていますが、こんな有名な話がありますので、紹介したいと思います。

 

  『ある時、東京ディズニーランドに若い夫婦が来ました。ディズニーランド内のレストランで彼らは、お子様ランチを注文したのです。もちろん、お子様ランチは9歳以下とメニューには書いてあります。子供のいないカップルにはマニュアル通りだとしたら、お断りする種類のものです。当然、「恐れ入りますが、ここのメニューにも書いてありますが、お子様ランチはお子様用なので・・・」というのがマニュアルです。しかし、応対したキャストの青年はマニュアルのようなものから一歩踏み出して尋ねました。「失礼ですが、お子様ランチはどなたが食べられるのですか?」と。すると、しばらくためらった後、「死んだ子どものために注文したくて・・・」と奥さんが答えました。「亡くなられた子どもさんに・・・」とキャストは一瞬絶句しました。「私たち夫婦には、子どもがなかなか生まれませんでした。求め続けて、求め続けてやっと待望の娘が生まれましたが、身体が弱く、一歳の誕生日を待たずに神様の元に召されたのです。私たち夫婦は、毎日、泣いて過ごしました。そして、子どもの一周忌の今日、いつかは子どもを連れて来ようと話していたディズニーランドに来たのです。そうしたらゲートのところで渡されたマップに、ここにお子様ランチがあると書いてあったので、思い出に・・・」そう言って夫婦は目を伏せました。キャストは「そうですか。では、どうぞ召し上がって下さい」と応じました。そして、「ご家族の皆様、どうぞこちらの方に」と四人席の家族テーブルに夫婦を移動させ、それから子供用のイスを一つ用意しました。そして、「子どもさんは、こちらに」と、まるで亡くなった子どもさんが生きているかのように小さなイスに導いたのです。しばらくして運ばれてきたのは三人分のお子様ランチでした。キャストは、「ご家族でごゆっくりお楽しみ下さい」と挨拶して、その場を立ち去りました。若い夫婦は、失われた子どもとの日々を噛みしめながら、お子様ランチを食べました。』という話です。

 

 

 普通だと、このようなキャストの行為はマニュアル破りの規則違反になるのでしょうが、東京ディズニーリゾートでは、先輩も同僚も誰も彼の行動を咎めなかったそうです。それどころか彼の行為は賞賛されたというのです。マニュアルは基本でしかなく、マニュアルを超えるところに感動が潜んでいるというのです。マニュアル通りにしかやれないファストフード店などとは違い、いかに相手の気持ちを思いやった行動なのかが、皆さんにもよく分かってもらえると思います。こういうのを「共感能力」と呼ぶわけですが、例えば、人の悪口をネット上に書き込んだり、特定の人を仲間はずれにするような人には、こういう気持ちが欠けているのだと思います。ファストフード店のマニュアル通りの接客というのも「共感能力」に乏しく、人間味がなく、冷たい感じがします。断っておきますが、私は決してファストフード店に恨みを持っている人間ではありませんので、その点は誤解がないようにお願いします。

 

 東京大学の名誉教授で作家でもある養老孟司さんは、ある雑誌の中で「教養とは、知識の量ではなく、相手の気持ちが分かることだ」と書いています。

 

  多くの場合、人を傷つけるのは人ですが、人を優しく支えたり、励ましたりできるのも人だろうと思います。ちなみに皆さん「やさしい」という漢字を思い浮かべてみてください。「ニンベン」に「うれえる」という字を書きます。つまり「憂え(心配・不安)」を帯びた人の側に寄りそって、その人のことを思いやったり、気遣ったりするのが「優しさ」という言葉なのです。自分の親のことを思いやる、さらには、友人や他人のことをも思いやることができる、君たちには、そんな人の痛みが分かる「共感能力」を持った人間に成長してもらいたいと思い、今年最後の話としました。  

 

 

 話を変えますが、高校3年生はいよいよ最後の追い込みに入りました。「不安」や「焦り」もあると思いますが「弱気」は禁物です。ゲームセットやノーサイドの笛が鳴るまでは「まだ勝負はついていない」ということを決して忘れず、自分の未来を切り開くために、大学受験に真正面から正々堂々と立ち向かって欲しいと思います。

 

 中学生や高校1・2年生も今年一年をしっかり振り返り、良かった点は、さらに良くなるように、そして反省すべき点はしっかり反省して、来年に活かすようにしてください。

 

 

 少し早いですが、新しい年が君たちを含め、君たちのご家族の方にとっても素晴らしい年となることを願って、終業式の式辞とします。

(校長代理 神田 芳文)